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(怪談)暑いですね!怪談で涼みましょう。

2024年08月18日

暑い日が続いておりますが、本日の投稿は少し趣向を変えて怪談をしたいと思います。私の実体験です。実際の場所は伏せますが、私が体験した少し背筋が凍るような体験をお話いたします。それでは始めましょう。

目次

1.怪異への入り口

2.怪異との遭遇

3.怪異との対面

4.「グレーのスーツを着たおじさん」の正体


1.怪異への入り口

 確か、今から約20年ほど前の残暑の暑さが残る、9月下旬の日曜日の話です。当時勤めていた会社の寮で、その日ものんびり過ごしていましたが、最近体がなまってきていましたので、いつもは午前中にしていた、近くの高松市内の「小山(名前は伏せます)」の登山でしたが、15時を過ぎている時、ふと思い立ち上ることにしました。装備は、メガネ(近眼用)は汗が噴き出すのでかけずに、タオルと携帯電話をもって、Tシャツとジャージ姿で登り始めました。

 山頂につくと、まだたくさんの人がいて、観光を楽しまれていました。普通なら、そこで登山道を引き返して帰るのですが、なぜか観光用の駐車場を突っ切り、ハイキングコースも歩きたくなってきました。

2.怪異との遭遇

 ハイキングコースには、昔建てられたホテルの廃墟などがありましたが、初めのうちは人もまばらにいて、気持ちいい風があり、気分良く歩き進めました。

 ハイキングコースは1つではなくもう一つ別ルートのコースもあり、その山道が合流するポイントがあります。そこに、場違いな「グレーのスーツを着た50代ぐらいのおじさん」がたっているのが見えました。距離にして十数メートルほど先だったと思います。何せ近眼なのに眼鏡をかけていませんでしたので、ディテールはわかりませんでしたが、私がその存在に気づくと同時に、彼は、その先の山道を歩き始めたのです。不思議と何か「対抗心」みたいなものが芽生え、歩みを進めてその「グレーのスーツを着たおじさん」を追いかけ始めました。おじさんは普通に歩いているのに、いくら歩みを進めても、一向に距離が縮まりまりませんでした。「なんでだ」と疑問を持ちつつも、私がこんなに早く歩いているのに近づかないのかと思いながら、どんどん歩いていきました。その先には展望台があり、その手前で山道は一端上り坂になり、登りきると展望台が一望できる場所があるのですが、その手前まで来たとき、叔父さんの姿がないことに気づきました。「あれ、どこに行ったんだろう」と思い、その展望台が一望できる場所まで歩みを進めると、展望台に一組のカップルが眺めを楽しんで帰るところでした。彼らとすれ違いもう一度展望台を見ると、なんとあのおじさんが、その横の獣道(山の裏手の舗装道路に繋がっている一応整備はされている山道)を降りていくのが見えました。

 「ついていかなきゃ」となぜか思ってしまい、慌てて展望台まで早足で駆け寄り、私もその獣道に足を踏み入れました。(ここで引き返しておけば、あんな恐ろしい目には合わなかったのにと、今でも後悔しています。)

3.怪異との対面

 その獣道に入ると、すでに時間は夕方の5時近くになっていましたが、次第にあたりは薄暗くなってきました。なぜ、獣道に足を踏み入れたんだろうと思いながら、「グレーのスーツを着たおじさん」を探しましたがいません。暗さのせいもありますが、階段状に整備されている道の凹凸がよく見えなくなってきて、このままでは転んでけがをしてしまうかもしれないと思い、逸る気持ちを抑えてゆっくり降りていきました。

 疲れ果てて立ち止まり、もうこれ以上は進めないと判断し、その場でしゃがみ込みました。時間は5時半過ぎ。もうとっぷり日が暮れています。その時、携帯電話で、実家(東かがわ市)に電話をしました。その小山で遭難しそうな話をすると、何を馬鹿のこと言ってるんだ、そんなところで遭難するわけがないと笑われてしまいました。そうなんです、私も気づいていました。まさか、ここでこのような事態になるとは思いませんでした。だから、いきなり消防に連絡することをためらって実家に電話をしたのです。

 もう疲れ果てていているし、周りもよく見えない状況です。助けを求めるのが絶望的なので、四つん這いになって、少しづつ降りることにしました。いずれ下の舗装道路にたどり着けば何とかなるだろうと。

 しばらく、身をかがめて地面の状態を確認しながら進んでいくと、なにやら大人数の人の声が聞こえたような気がしました。はっきりとは聞こえないのですが、ぼそぼそ話をしその中で少し笑い声が混じっているような声でした。民家が近くにあるのかと思い、立ち上がって様子を見ても、日暮れ時の雑木林の中です。しかも眼鏡をかけていませんでしたので、はっきりとは見えませんでしたが、だんだん目が慣れてきました。

私の目の前には、「防空壕」がぽっかりと口を開けており、その中から声がしています。そして、もう一つの事実を思い出してしまいました。それは、この獣道は「小山」の中央に位置しており、そこから500mほど舗装道路を進まなければ民家はないという点です。

 一気に背筋が凍り付きました。

 「やばい。何かとてつもないものに巻き込まれている。」ような感じがして、恐怖がピークに達しました。大声を上げながら、必死で舗装道路まで構わず走りました。

 どのくらい走ったのはわかりませんが、ごろげ落ちるように舗装道路に出ました。

 「助かった。」と思い、歩いて民家を目指しました。

4.「グレーのスーツを着たおじさん」の正体

 そんな体験をした後、結局、その会社も辞めることになり、寮も引き払い高松市内で住むようになりました。その後、結婚をし、とあるコミュニティーの会合で出会ったMさんという方と仲良くなりました。

 そして、今から7年程前の会合で、なぜかMさんにこの話をしました。そして話の途中で山道で遭った「グレーのスーツを着たおじさん」の話をしようとすると、Mさんが急に「灰色のスーツのおじさんだろ」と言ったので面喰いました。なぜわかるんだと思い、聞いてみると、実はMさんもこの「グレーのスーツを着たおじさん」に出会ったことがあるそうです。Mさんは「私が小学生の高学年の時に、あの獣道を展望台に向かって、父親と友人と3人絵で登っていた時に出会ったんだよ。山のハイキングの途中だから挨拶したのに黙って通り過ぎたから覚えているんだ。すれ違う時、その灰色のスーツのおじさんは子供を後ろに引き連れていたんだよ。変だなと思って後ろを振り返るともういなかったんだよ。」と言いました。Mさんは50代後半、小学生の高学年のころと言えばその時から45年ほど前ということになります。今からで言うと50年以上前の出来事になります。私の体験は今から18年ほど前。つまり、時空を超えて現れている存在ということになります。

5.「立場が違うよ橋本君」

 Mさんの話に夢中になり、いろいろと聞いていました。そして、「同じ体験をした人がいたんだね。」と話をすると、Mさんが「いいや、立場が違うよ橋本君。」といいました。はじめは何のことかわからずきょとんとしていると、「橋本君、わたしはあの獣道を登っている時に「グレーのスーツを着たおじさん」とすれ違ったんだよ。その時に子供が後ろにいたことを話をしたよね。」とMさんが言いました。私は「そうだね。」というとMさんはすかさず、「橋本君は「グレーのスーツを着たおじさん」の後ろを歩いていた子供の立場で、私の体験した立場が違うよ。」といわれて、改めてぞっとしました。私は、何とか助かりましたが、Mさんが見た子供はどうなったのでしょうか。(終わり)

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